私が高校1年生だった時の夏休み、英語の宿題は「Animal Farm」という英語で書かれた小説を1冊読んでくるというものであった。
中学で習った英語で、重要な文法事項は大体知ってはいたものの、英語で読む文章といえば1,2ページがせいぜいで、本を1冊読むなどという経験はもちろんなく、どうしたものかと、ちょっと途方に暮れたのを覚えている。
悲しいほどに理系の私には、「英語」かつ「小説」はかなり厳しく、途中で何度も、もうやめようかと思いつつ、何とか形だけではあるが、最後まで訳しながら読むには読んだ。しかし、肝心の小説の内容には全く入り込めず、あらすじを言ってみろ、と言われても言えないような状態であった。
この夏休みの宿題は、訳文の提出などはなく、その代わりに夏休み明けにテストだけをするということになっていた。ただし、そのテストの前には、1時間だけ英語の授業で取り扱う、ということになっていたので、あまり宿題をきっちりできた感じではなかった当時の私は、テストに出そうなところのヒントを探ろうと、その1時間の英語の授業に懸けていた。
しかし、期待していたその英語の授業で、テストのヒントになりそうなことは、ほんの僅かたりともなかった!何せ、その授業で先生は、「Animal Farm」は、動物を主人公にした寓話であるがロシア革命を題材にしていて、スターリン主義に対する批判であり、権力の腐敗をテーマにしているということや、作者のオーウェルの生い立ちや、思想についてなど、英語とは全く関係ないことばかりを1時間ひたすら話し続けて終わったのだった。
この1時間の授業は、今でも強烈な印象として残っている。中途半端に英語のことなど挟まずに、その先生の話したいことを存分に話しておられる様子が、聞いているこちらにも痛快に感じられた。おかげで私の英語のテスト方はその後どうなったかは、・・・であるが、それでも、「Animal Farm」という小説とオーウェルという作家は、少し気になる存在として印象付けられ、いつか読みたいなと思った。実際にオーウェルをたくさん読んだのは、大学生になってからであるが、あのときの英語の先生の授業がなければ、未だにオーウェルを読んでいなかったかも知れない。本との出会いのチャンスは、ものすごくたくさん転がっているようでいて、本当にいい出会いは意外に少なかったりするものではないかとも思う。僭越ながら、この本棚も一つのきっかけになることができれば、幸いです。
「動物農場」 ジョージ・オーウェル著
エッセイで触れた「Animal Farm」の翻訳版の紹介です。動物が主人公の寓話で、人間に飼われている動物たちが蜂起し、動物を虐げている権力者たる人間を追放し、新たな動物たちだけの社会をつくろうとします。この「革命」を成し遂げるために、動物たちは「七戒」、例えば、「一、いやしくも二本の脚で歩くものは、すべて敵である。」とか、「三、およそ動物たるものは、衣服を身につけないこと。」とか、「七、すべての動物は平等である。」といった戒律を定めます。そして、動物たちが団結して「革命」が成功するのですが・・・。
今度は豚たちが農場を支配するようになります。豚たちは、元の農場主の洋服ダンスからお気に入りの服を選んで着たり、自分たちだけ贅沢をするようにもなります。一方、ほとんどの動物たちにとっては、支配者側の動物たちの搾取により、革命前よりも暮らしがよくなっているとは思われないのですが、「革命によって人間を追放し、動物たち自身が経営する農場の一員である」という自尊心と誇りを胸に、この革命の成功を疑おうとはしません。革命前の七戒は、いつの間にか、「すべての動物は平等である。しかし、ある動物は、他のものよりも、もっと平等である。」というたった一つの戒律に書き換えられていたりするのですが・・・。
直接的には、ロシア革命とその後のスターリン体制の風刺といわれていますが、権力を批判する者たちが、新しい体制を確立して権力側についたそのときから、また堕落が始まり、自分たちが「批判していた権力そのもの」に堕ちてしまうというのは、ロシアに限らず、世界中でこれまで繰り返されてきたことであるというのは、論を俟たないでしょう。どこかの国の憲法も、この七戒のように骨抜きにされないことを願うばかりです。
「動物農場」は、単純に一つの物語としても面白く読めると思いますが、角川文庫から出ている文庫本には、「象を射つ」、「絞首刑」といった短編も収められていて、おそらくオーウェルの実体験に基づいていると思われる、こちらの話も秀逸です。