「バナッハ=タルスキの逆説」 レナード・M・ワプナー

バナッハ=タルスキの定理とは、「1つの球体を有限個に分割し、それらを寄せ集めると、元の球体と全く同じ形で同じ体積を持つ2つの球体を作ることができる」というものです。体積が増える!それはあり得ない、と思う人も多いでしょうが、数学的に証明された真なる命題(だから定理と呼ばれている)です。

 本書では、高校数学(といっても数ⅠAぐらい)程度の予備知識のみでこの定理の証明をするのがメインテーマですが、その途中でこの定理にまつわるいろんな話題に触れていて、それらの「脱線」の一つ一つがまた面白い。バナッハ=タルスキの定理という山を一直線に登るのではなく、回り道したり道草を食いながら登っていくような感じでしょうか。「脱線」では、この定理に関係の深い数学者の業績やエピソードの紹介、証明の要となる選択公理や無限についての数学者の間での論争について歴史的な流れが、一つの物語のように語られていますし、この定理と同じように直観的には正しいとは思えない様々なパラドックスの例なども挙げていて、その部分だけでも十分に好奇心を惹きつけるものとなっています。

 この定理を証明した後には、直観に反するこの定理をどのように受け入れるべきかという解釈や実世界との関連が述べられています。例えば、物理学でのローレンツの式においては観測物の速度が光速に近づくと観測物の長さは縮み質量は増加し物体上と観測者で時間の進み方が異なる(ローレンツの式は実験的に立証されている!)とう、信じられない現象も真実でありうるという事や、素粒子物理学のある現象においてはその類似性からバナッハ=タルスキの定理そのものを説明に用いていて、この定理は単に数学の世界にとどまることではないことが示されています。

 好奇心を惹きつける数学的な話題を、ちょっとした謎解きのような感じでうまく書かれているので、内容のレベルの高さの割にサクサク読める一冊です。