真剣師というのは、いわゆる賭け将棋(囲碁や麻雀、チェスにもある)を職業としているもののことで、将棋の真剣師はもう現在にはいないが、数十年前まではいたそうである。
真剣師というのは、小説家にとって魅力的な題材のようで、以前読んだ「盤上のアルファ」にも真剣師の林という登場人物がいて、同じ著者の「盤上に散る」は、その林が主人公のスピンオフである。この小説に描かれる真剣師林の生涯も波乱万丈でとても面白いのだが、今回紹介するノンフィクションの小池重明の生涯は、波乱万丈の度合いでは小説に描かれる林の数段上をいっている。おそらく小池の生涯をフィクションとして読んだら、いかにも嘘くさく、そんな馬鹿げた話はないと白けるかもしれないが、実話であるがゆえに話として成り立っているようにさえ思える。
小池は、勝負将棋にめっぽう強く、プロ棋士相手にもかなり勝っていて、プロの上位の棋士にも勝っている。しかし、プロへの編入試験の道が開けそうになったと思ったら、人妻との駆け落ちで行方がわからなくなったり(ちなみに、駆け落ちで行方をくらませたことは他にあと2回ある)、借金まみれの中アマチュアの全国大会に出場し、それを聞きつけた借金取りが優勝賞金100万円を目当てに将棋の大会会場に詰め掛け大騒動になったり(このとき小池は優勝したが1銭も受け取ることはできず)、大事なプロとの対局の前夜に泥酔した状態で暴力事件を起こし警察に拘留され、将棋を通して知り合った議員の取り計らいで当日の朝に何とか対局場にたどり着くことができ、それでもその対局には勝ったりと、将棋の才能と素行の破天荒さには、ただただ驚くばかりである。
著者の団鬼六は、小説家ですが、単なる第三者ではなく、彼自身も小池の面倒を見て、裏切られ、それでもなお、小池のことを気にかけずにはいられなかった人物で、それゆえ、著者の小池の将棋の才能や人柄に対する思い入れが、随所ににじみ出ていて、無茶苦茶で出鱈目ばかりなのに憎めない小池の人物像が浮かびあがらせています。読み進めるにつれて著者の小池に対する思いが伝わってきて、小池という人物の魅力に惹きつけられるのではないかと思います。