和算と聞けば、真っ先に思い浮かべるのは関孝和でしょうか。鎖国中の日本で、関は、西洋の数学の発展とは全く独立して、独自に日本で数学を発展させました。その業績の中には、当時の西洋の研究の最先端のさらに先まで進んでいたものもある、ということは、どこかで聞いたことがあるかもしれません。
本書では、こうした優れた和算家たちの業績のすばらしさを紹介すると同時に、庶民の中に数学を楽しむ文化が根付いていたこともまた記されています。
寺子屋の教科書として普及した数学書『塵劫記』は、なんと井原西鶴や十返舎一九といった人気作家の作品をはるかに上回る部数を売り上げたというのですから驚きです。『塵劫記』は内容良さはもちろんですが、著者の吉田光由は京都の豪商一族の一人で、製版業も事業の一つとして行っていたため、当時の最先端の出版技術を用いた豪華な装丁や多くの絵を用いた本に仕上げることができたのも、よく売れた要因の一つのようです。『塵劫記』は大変よく売れたため、海賊版もたくさん出回りました。そこでその対策として、カラー版の『塵劫記』を出します。当時の出版技術では色のズレを防ぐのが難しかったのですが、その版ズレをなくすための技術を高めて出版された新装版の『塵劫記』は日本で最初の多色刷りの本と言われているようです。ちなみに、この印刷技術の革新は、浮世絵の発展にも大きく貢献したともいわれています。
巻末には、『塵劫記』などに出てくる和算のいくつかの問題が付けられていてます。皆さんの中には、中学入試のときによく練習したなあ、と懐かしく思う問題も多くありそうです。
江戸時代、数学が文化の一つとして庶民の間に根付いていたことが大変よくわかり、また、和算がどのように発展したのかについての入門書にもなっています。数学的な内容と文化としての数学という観点がうまく混じりあって、おすすめの一冊です。